Taichi media record

@cubid_10411 が書いたなんかのレビュー

VA-11 HALL-A: Cyberpunk Bartender Action review

f:id:taichifurukawa:20171225232637p:plain 「VA-11 HALL-A」について書くことはあまり気乗りしてこなかった.単なるこの作品のファンが,盲目的に本作を褒め称えるレビューになりかねないからだ. 「VA-11 HALL-A」はベネズエラ出身のインディーデベロッパーSukeban Gamesによる「サイバーパンクバーテンダーアクション」.もとい,PC98的オールドAVDと日本のポップカルチャーに影響を受けたノベルゲームだ.

バーテンダーという立場から描かれる人々の内側

f:id:taichifurukawa:20171225232658p:plain 本作でプレイヤーは,「グリッチシティ」なるはるか未来の都市に暮らす「ジル」という女性として過ごすことになる.グリッチシティはサーバーパンク的テクノロジーで溢れているが,そこには汚職と暴力.テロで溢れ,弾圧的な私設警察ホワイトナイトや,牛乳すら買えない滞った経済はまさしく腐った街といったところだ.その中でも本作は,この街の片隅でひっそりと人々を癒すバー「VA-11 HALL-A」(ヴァルハラ.と呼ぼう)に務めるバーテンダー,ジルとして訪れる様々な客にカクテルを提供していく.その中でプレイヤーは,グリッチシティに住む人々のたわいもない雑談を聞き,猥談を聞き,業界の裏話を聞き,そして人生の悩みや吐露に耳を傾けることになる.

正直にいって本作に大層なゲームプレイは存在せず,銘打っている「バーテンダーアクション」もちょっとしたアクセントといったところだ.ジルの一日は自宅のコタツの中でニュースブログや掲示板(これは明らかに2chのインスパイアだが)に目を通すことから始まる.そしてバーに出勤し,ジュークボックスで流す曲を決めるのもバーテンダーの役目だ.そして本作の醍醐味はなんといっても,魅力的なキャラクターとの会話にある.

グリッチシティという不思議な街を舞台としているだけに,おとずれる客もヘンテコな人ばかりだ.社員のほとんどがコーギー(!)の会社に勤めるベティと,アンドロイドのディールは仕事の愚痴とコイバナばかりしている.平和主義者のホワイトナイトのセイと,その親友でありお嬢様眼帯猫耳娘(盛りすぎだろ!)のステラは思い出話に花を咲かせる.メディア編集長のドノヴァンは威張りながら業界の裏話を喋るのに忙しいし,学芸員のヴァージリオは謎かけでカクテルを注文する困った客だ.幼女型アンドロイドのドロシーはセックスワーカーで,自分の仕事に誇りを持っている.ヘンテコの極みは365日自分の生活をネット配信するすとり〜みんぐチャンで,彼女の狂気はyoutuberへのアンチテーゼ的な存在でもある.

彼ら,彼女らとの会話は本当に,本当に楽しい.テキストは全て素晴らしくセンスに溢れ,ジルはバーテンダーとして彼らにカクテルを提供し,酒も入って饒舌になった彼らはジルに様々なことを喋るだろう.グラフィックはPC98的AVDにインスパイアを受けたドットベースで描かれるが,同時にSukebanGamesの二人が日本のカルチャーに多大な影響を受けたことは確かだ.女性キャラクターはアニメ的にカワイイし,明らかにAKIRA攻殻機動隊にインスパイアしたキャラクターも存在する.

バーテンダーとしてカクテルを作るが,ここで意図的に提供するカクテルを間違えたり,アルコールを増やすことで会話の展開が(ほんのちょっとだけ)変わって行く.「バーテンダーアクション」がおまけ程度だと言ったのはこの辺りで,カクテルを作る作業が「アクション」らしいが,レシピ通りにボタンを押して行くだけだ.結局のところ,本作の主役は会話であり,カクテルの提供はおつまみといったところだ.(ちなみにカクテルのレシピブックも読むのが単純に楽しかったりする.)

主人公のパーソナルな物語

本作における魅力が来店する人物との会話にあると散々伝えてきた.それは紛れもない事実であるが,同時に主人公であるジルのパーソナルな物語でもある. ゲームの前半では確かにジルは聞き役に徹し,個性のない主人公として振る舞う.バーにおける同僚であるギリアンや,バーのオーナーであるデイナもどちらかというとコメディタッチな物語上のアクセントで,確かに物語の主軸は来店する客たちにある.

しかし物語の後半から少しずつ,ジルのパーソナルな物語が顔を見せ始める.これに関してはどう書いてもバレにしかならないためこの程度に留めておくが,ジルの物語を通して,プレイヤーは彼女に共感し,心動かされることになる.

ベネズエラからの手紙

f:id:taichifurukawa:20171225232653p:plain 信じられない事実がある.それは本作が中米ベネズエラに住む,二人の青年によってもたらされたゲームであるということだ.ここから先は筆者のファンレターのようなもので,単なる考察に過ぎないため読み飛ばしてもらっても構わない.

極東に住む我々にとって,ベネズエラがどういった国なのか知る機会は少ないだろう.しかし日々流し見しているニュースの中で,インフレと政策の失敗による生活の不安定さであったり,度重なる暴動や飢餓の危機といった明るくない話題程度なら目にしている.少しでもwikipediaを見れば,その背景に過去の凄惨な内戦や,今日まで続く独裁政権の混乱があることもわかるだろう.

こうして考えると,筆者にはグリッチシティのモデルが,ベネズエラであるようにしか思えない.深読みしすぎだと言われるのを厭わないが,グリッチシティとベネズエラと共通する要素はそこかしこに存在する.グリッチシティにおいて,時折聞こえる銃声は日常茶飯事であるし,政府は完全に私物化され,蔓延するテロとその鎮圧部隊が市民生活に影を落としている.重要なのは,本作はグリッチシティの物語ではなく,そこに住む人々とジルの,パーソナルな物語であるということだ.彼らは一人一人悩み,笑い,時に人生を選択する.疲れた心をバーでのひと時で癒し,毎日を生きていく.それは日本に住む我々でもあるし,ベネズエラの人々でもある.

本作はベネズエラで生きる二人の青年による,世界に向けた近況報告だ.「僕たちは生きている」ーと,本作を通して語りかけているように筆者は思える.そしてベネズエラという困難な国から,こんな素晴らしい手紙を受け取れたことに感謝したい.ありがとう!SukebanGames!!


本作の主役は一貫して,人々を描くテキストベースの物語だ.ゲーム性の少なさは多くのノベルゲームと同様に,人を選ぶ性質があることは確かだ.

しかし筆者はあくまで賞賛を送りたい.バーとカクテルによって紡がれる本作の物語は唯一無二なもので,キャラクターは魅力に溢れている.読者がいるのであれば,是非お酒とおつまみを用意して「VA-11 HALL-A」をプレイしてほしい.そしてプレイしたのち,必ず友人や家族,恋人とお酒とおつまみを手におしゃべりしたくなるはずだ.

VERDICT 9.2